Use this button to switch between dark and light mode.

米国訴訟のプロセスとリーガルテックの発展―コロナ禍による影響と現在―【イベントレポート前編】

新型コロナウイルスによる世界的なパンデミック以降、生成AIなど新しいテクノロジーが登場しています。リーガル分野においても、テックツールとAIなどのさまざまなテクノロジーが発展し、アメリカのビジネス訴訟のプロセスに変化を与えてきました。

アメリカの民事訴訟のうち、わずか1%のみが判決や仲裁判断に至るといわれています。コロナ禍の各裁判所の閉鎖や未処理事案の山積等の影響で、進行の延期も発生しています。本記事では、レクシスネクシス・ジャパン株式会社が2023年7月に開催したイベント“リーガルテックとAI活用 パンデミックとテック発展が変えた米国訴訟プロセスを知る”の内容をご紹介します。

国内外で活躍する3名の法律専門家をゲストにお招きし、「パンデミック」「テック発展」という2つのキーワードに着目。コロナ禍の米国訴訟への影響、テックツールとAIの発展や最近の動向について、前編・後編でわかりやすくご説明します。

今回の前編では、アメリカでの訴訟の現状や特徴、仲裁増加の背景、訴訟の戦略、日米の裁判所のデジタル化などについてお伝えします。

登壇者プロフィール

北川&イベート法律事務所
パートナー弁護士
北川・リサ・美智子 氏

日米間のビジネスに精通する国際弁護士のトップの一人。多数のセミナーを開講し、アメリカ及び日本のビジネス法に関する執筆も精力的に行う。カリフォルニア州・テキサス州・ジョージア州・ニューヨーク州・ミシガン州の5州の弁護士資格を所有。米国連邦最高裁判所認定弁護士。東京大学研修・京都大学法学修士。(事務所HP

  

北川&イベート法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士
ジェームス・R・イベート 氏

日系企業や弁護士、公認会計士を対象に、ビジネス法に関する多くのセミナーの講師を務める。カリフォルニア州・テキサス州・ジョージア州・ネバダ州・アラバマ州・ミシガン州の6州の弁護士資格を所有。米国連邦最高裁判所認定弁護士。カリフォルニア州公認会計士。京都大学法学研修。(事務所HP

  

堂島法律事務所
パートナー弁護士
飯島奈絵 氏

弁護士登録(1994年。日本)、米国ニューヨーク州弁護士登録(2002年)、京都大学法科大学院客員教授(~2018年)、大阪弁護士会副会長・日弁連理事(2019年度)、日本仲裁協会関西支部副支部長(2019年~)、NTT西日本社外監査役(2022年~)他、社外取締役・社外監査役、地方自治体の審議会委員等を歴任。アメリカでの陪審員裁判・仲裁事件、イギリスで訴訟・調停を経験。(事務所HP

「判決に至るのは1%以下」という米国訴訟の現状

(北川)

アメリカは連邦制を取っているため、連邦法と州法が存在します。

そして、とても興味深いことに、「アメリカでは毎年、何千もの民事訴訟のケースが裁判申請されるが、実際の判決まで行くのは1%以下にすぎない」という報告書が出ています。訴訟を起こしても、判決まで行く可能性はとても低いのが現状だといえるでしょう。

(飯島)

私自身の経験で、アメリカに留学していたときに、ある日、家に帰ってきたら民事裁判の訴状が届いていたことがありました。

「自分が被告になった覚えはないのに」と思ったら、家賃を払い忘れていたのです。1回払い忘れただけだったのですが、日本であれば督促の連絡を入れるのが当たり前ですし、3ヵ月以上の滞納がなければ裁判を起こすことはありません。

しかし、アメリカでは、連絡の電話も1本もせずにすぐ提訴します。宗教や文化などが異なる多様なひとたちの間では、法律だけが中立のルールであって、交渉も行わず、すぐに裁判を起こしてしまうのがアメリカの文化なんだなと実感しました。

そのようにすぐ訴訟は起こすけれども、途中で皆さん和解されます。ですから、法廷での証人尋問を経て判決まで至るのが1%以下になるということです。

判決に至るまでには多大の労力と費用がかかります。また、証拠開示(ディスカバリー制度)のもと、争点と関連性のある資料は、弁護士・依頼者守秘特権等がない限り、有利不利を問わず、すべて開示しなければなりません。その結果、お互いの手の内が相当程度見えることもあって、途中で和解をするケースが多いのです。

私がアメリカで知財関連の陪審員裁判を担当した際、同僚の弁護士から「僕はこの事務所に8年間いるけれども、1回も法廷での尋問手続まで行ったことがない。すべて、途中で和解になっちゃう。君は法廷まで体験できてすごくラッキーだね」と言われたことがあります。

「わずか1%以下しかない判決まで、とことん争う」弁護士は少ない状況ですが、適切な和解を行うためには、法廷での証人尋問を経て判決まで徹底的に戦った経験とノウハウが必要だといえます。「法廷での証人尋問を経て判決を求めるとなった場合、どのような事態が起きるか」を理解したうえで、和解のタイミングや条件をアドバイスできる弁護士を選ぶことは非常に重要です。

なぜ、連邦法と州法が混在するのか?

(イベート)

先ほど、北川先生からアメリカには連邦法と州法があるというお話がありましたが、司法制度も連邦裁判所と州裁判所があります。

アメリカには全50州があり、いろいろな州法があるうえに、対応もさまざまです。たとえば、南部のジョージア州やアラバマ州、フロリダ州は、奴隷制度の歴史がありますから、考え方が異なる部分もあります。

そして、西海岸のカリフォルニア州は、アジア系企業なども多く進出しているため、国際的な考え方が見られます。このように、州によって法律や考え方が異なるのが、アメリカの法律面での特徴です。

(飯島)

いまお話にありましたが、皆さんご存知の通り、日本のような中央集権国家ではなく、アメリカは50の州が集まった国です。そして、合衆国憲法は、連邦政府の暴走を抑制するために、1770年代の独立戦争の際に13州が集まってつくった法律です。

日本のように「中央政府があって、都道府県がある」という仕組みではありませんので、「法律はすべて、州が策定する。通商法等、特定の法分野に関して、連邦政府に制定を許す」という考えです。民法、刑法、商法等はすべて州法であり、連邦法はありません。

ですから、そもそも法律が州によってちがいます。そうは言っても州をまたいだら法律が全く異なると不便ですので、米国法律協会等が策定したモデル法案に準じた内容とする州がほとんどです。例えば統一商法典と訳されるUCCは、正確にはUCCはモデル法案であり、多くの州が州法としての商法をUCCに準じた内容としています。

民間の仲裁機関による仲裁が増加

(イベート)

コロナ禍の影響もあり、出社が不要なホームオフィスでのリモートワークが広まりました。そして、生活費が高い州から安い州に引っ越しするひとも増えました。

しかし、州ごとに文化や考え方のちがいもあるため、トラブルも発生してしまいます。その結果、裁判所は更に忙しくなりました。

裁判所から民間の仲裁機関に移行している傾向が見られます。各機関間の競争も激しく、仲裁費用も異なるので、利用する際は注意が必要です。

(飯島)

アメリカには、さまざまな民間の仲裁機関があります。裁判を行うのは国家や州であるのに対して、仲裁は民間の仲裁人による判断です。

日本でならば裁判所に提訴するようなケースであっても、アメリカでは証拠開示手続きが非常に大変かつコストもかかり、陪審員裁判の判断結果の予想がつきにくいため、仲裁を利用する事例がとても増えています。

民間の仲裁機関を利用した場合、仲裁機関に払う費用は裁判所に払う費用より高くなります。しかし、証拠開示手続きや陪審手続きなどに関わる弁護士費用を考えると、仲裁のほうが圧倒的に低コストで済みます。

そのような背景もあり、仲裁を選ぶ事案が増えていて、民間の仲裁機関が発達しているのです。

仲裁のメリットと、米国訴訟の“怖さ”

(イベート)

仲裁裁定には、さまざまなメリットがあります。そのなかでも一番のメリットは、コストをセーブできることです。

※北川&イベート法律事務所 資料より

また、裁判の場合は審問の日時が明確ではありませんが、仲裁の場合は確定されます。裁判や仲裁のために日本から現地に出向く日本企業の担当者方も多いので、この点もメリットといえるでしょう。

デメリットは、上告がほとんどできないことです。しかし、アメリカでは上告によって裁判が数年間続くこともあります。ですから、上告がほとんどできない仲裁であれば、早く進めることができるのが特徴です。

アメリカと日本の訴訟裁判の基本的なちがいとして“弁護士とクライアント間のコミュニケーションの秘匿特権”の存在がありますが、その前提となるのが“証拠開示”です。

アメリカでの訴訟手続きを経験された方もいらっしゃるかと思いますが、証拠開示手続きになると、関係者全員のメールやパソコン内の全データを開示しなければいけません。訴訟に関連する関係者のメールを、直近3年間分すべて開示することが必要です。

ただし、そのなかで弁護士とクライアントとの間のやり取りのメールには秘匿特権があるため、開示の対象になりません。ですから、この秘匿特権は非常に重要です。

(飯島)

アメリカでの訴訟について、私が「怖いな」と感じたことが2つあります。

1つ目は、アメリカの訴訟では証拠開示手続がある中、「争点に関連する情報は自社に不利なものを含め、すべて公になってしまう」ことです。仲裁であれば当事者間での手続きで、一般公開はされませんので、企業秘密に絡む内容が多い場合は仲裁がおすすめです。

2つ目は、陪審員裁判のお話になりますが、アメリカの法律事務所で研修を受けた際に行った“模擬裁判”で感じたことです。100人の新人弁護士がいる大きな事務所で、全員を10チームに分けて、被告代理人と原告代理人と5人ずつに分かれて模擬裁判を行い、本当の陪審裁判と同様、一般市民に陪審員になってもらい、判断をしてもらうというものでした。

その模擬裁判では、まったく同じ事件内容を、まったく同じ証拠で、10の法廷でそれぞれ模擬裁判がされましたが、原告が負けるケースもあれば、勝つケースもあったのです。さらに、任用された賠償額もまったくちがいました。

優勝チームが最高額の賠償金を勝ち取れた理由は、原告証人役の年配の女性がとても感じの良い方で、陪審員役のみんなが好きになってしまったことでした。陪審員裁判では、そのようなことで判断が変わってくるので怖いなと思いました。

戦略的に訴訟を進めることが重要

(イベート)

訴訟の戦略として、連邦裁判所と州裁判所のどちらかを選ぶことが可能です。連邦裁判所のほうが少しハードルは高く、連邦法に関する法律が必要ですし、金額が高くなります。ですが、優秀な裁判官がいるのが特徴です。

州の裁判官は政治家や検事の出身者が多く、刑法違反には詳しくても、ビジネスの契約書違反にはあまり詳しくないひともたくさんいます。

(飯島)

ここまでのお話にありましたように、民法、刑法、商法等はすべて州法ですし、裁判も州裁判所によることが基本であり、連邦地裁を訴訟の場とするには、一定の要件を充足する必要があります。

しかし、日本企業としては、連邦地裁を訴訟の場とすることがとても重要です。その理由は、「州の裁判所の裁判官は、州民による選挙で選出される」からです。地元で選出されたひとには、「地元の企業を勝たせる」という大きな動機があります。そのような地元志向があるため、日本企業は不利になる可能性が高いのです。

ですから、弁護士に、「提訴されたけれども、連邦裁判所へ移送できないか」ということを含めて、よく相談することが必要です。

アメリカの裁判所の予算と、裁判処理の優先順位

(北川)

ここで、アメリカの裁判所の内情についてご紹介します。仲裁で和解することが増えた原因の一つが、裁判所予算です。アメリカのGDPは世界ナンバー1ですが、以前に比べて弱くなってきているという背景があります。

たとえば、カリフォルニア州政府の全予算のうち、裁判所に関する部分は1.4%だけです(下図の赤色部分)。

※北川&イベート法律事務所 資料より

アメリカナンバー6の大きさを持つカリフォルニア州オレンジ郡の裁判所の例では、全予算のうち、給与が半分を占めます。また、1/4強が、健康保険や年金などベネフィットのコストです。

続いて、裁判処理の優先順位を見てみましょう。

※北川&イベート法律事務所 資料より

同じくオレンジ郡の裁判所では、未成年者に関する事案が最も高いです。そして、犯罪などの刑法違反や家族法に関わる事案が上位を占めていますが、ビジネスに関する裁判の優先順位は非常に低いといえます。

アメリカの裁判所におけるテック発展

(北川)

次に、裁判所におけるテック発展についてお話しします。

※北川&イベート法律事務所 資料より

コロナ禍の影響で裁判所の建物自体も閉鎖されて、“コート・コール”と呼ばれる「電話による音声のみの法廷審問」が可能になりました。特別費用を支払うことで、弁護士が裁判所に直接出向くことなく、電話で参加できる制度です。

また、ここ数年で電子ファイリングがかなり発展していて、法廷ファイルや法的ファイルのデジタル化も進んでいます。以前のような紙の書類はほとんどありません。“デジタル法廷(Digital Courtrooms)”も導入され、電子ファイルのトラッキングも可能になりました。

ZoomやMicrosoft Teamsなどを使ったビデオ会議による裁判手続きも進行中です。ただ、裁判所自体が閉鎖されて多くの事案が保留状態だった影響を受けて、裁判が延期されてしまうという問題も起きています。

さらに、コロナ禍では刑法違反の犯人をバスなどで裁判所に移送することがむずかしかったので、リモートヒアリングも導入されています。しかし、州や郡によって浸透度合いが異なるため、注意が必要です。

これらのリモートアクセスが可能になったメリットとして、利便性や裁判費用の削減が挙げられます。

一方で、Wi-Fiなど通信環境の安定性や信頼性などの課題も残っています。

※北川&イベート法律事務所 資料より

そして、さまざまなテクノロジーツールが誕生したことも、大きな特徴です。キーワードでEメールなどを検索できますし、クラウドストレージでほかの会社の情報も調べることができるようになりました。

また、電子証拠開⽰によって、以前は大量にコピーした紙書類が必要でしたが、Dropboxなどのクラウドストレージで簡単に送ることが可能です。

さらに、AIの進化もあって、リーガルリサーチや書類管理以外に、申し立て書類の草案作成もできます。

2023年、ChatGPT などのAIが飛躍的に発展して、テックツールの種類も増えました。現時点でのAIの性能は、簡単な手紙などを自動作成することは得意です。しかし、法的な調査や書類作成にはまだ活用がむずかしいレベルだといえるでしょう。

AIに指示するアルゴリズムが適正な場合は、事実や判例、法律などを探すことができますが、信頼性はまだ低いですね。実際には存在しない判例や原告者・被告者の名前などが記述されることもあります。

「AIを使ってもいいけれども、AIは弁護士の資格を持っていないから、最終的な責任は弁護士にある」という裁判官の発言もありました。

日本での裁判のデジタル化の状況

(飯島)

日本でのコロナ禍以降の裁判の状況ですが、2020年4月に緊急事態宣言が発令された際、裁判所は緊急性が高い事案のみに対応しました。

たとえば、DVなどに関する人身保護といった保全事件や、医療観察を要する刑事事件など以外は、すべて期日を延期しました。個人的には、そのときに「破産申立てなどは緊急性が低かったんだな」と改めて知ったという経験もあります。

コロナが落ち着くにつれて徐々に扱う事案が増えましたが、拘留期間が限られた身柄事件など、必要性が高いものから再開されて、だんだんコロナ前の状態に戻ってきています。

そのよう状況の中、日本の裁判制度もデジタル化が進みました。

日本では、コロナ以前からデジタル化やオンライン化が検討されていました。私は2019年度の日本弁護士連合会の理事でしたが、理事会でも、さまざまな議論がありました。

たとえば、「裁判所に行かなくて済むのであれば、東京や大阪の専門性が高い弁護士が地方の事件を奪ってしまうのではないか」「オンライン申請を認めた場合、本人訴訟の本人のサポートは誰が行うのか」といった懸念も聞かれました。

2020年にコロナの影響が出始めた頃から、オンラインや電話会議で一部の裁判手続きを進めることが出来るようになりました。

しかし、あくまでも「民事訴訟法などの改正が必要」という大前提がありますので、法律改正が不要なところは適宜進み、また、弁論期日とせず、書面による準備手続きをオンラインや電話で行うといった対応が取られました。

従来の法律では、「一方の当事者の代理人は、必ず裁判所に出廷しなければならない」となっていましたが、2023年3月の民事訴訟法の改正で、双方ともにオンラインや電話での出席が可能になりました。

地裁ではビデオ会議のツールを使えるところが増えていますが、まだ法改正後間もないこともあって、オンライン環境の整備が遅れていて電話対応のみの家裁もあります。裁判官や相手方代理人の顔が見えない電話と、顔が見えるビデオ会議ではやはりちがいがありますので、オンライン化が今後進むことを期待しています。

また、2022年4月から“民事裁判書類電子提出システム(mints)”の運用が始まっています。2023年6月に全国50ヵ所の地裁で運用が開始されていますが、まだ1割程度の弁護士しか使っていないというのが実態です。現状では、従来と同様の郵便やFAXが主流ですが、同システムの利用が2025年に義務化されます。

後編に続く>

関連情報

レクシスネクシスでは、法務コンプライアンスの様々な課題を解決する為、国内法/海外法に関する多くのソリューションを提供しております。米国法リーガル・ソリューションの「Lexis+」は、米国法の検索から解説、分析までを網羅したリーガル・リサーチツールです。AIを活用した最新の機能で、皆さまの法務ワークフローをサポートいたします。

Lexis+の主な特徴】

  • 自然文検索が可能なAIを搭載
  • 法令・判例等の他、実務ガイドやチェックリスト等も横断検索可能
  • 弁護士監修・執筆によるガイダンスやチェックリストで解説
  • スキャンした訴訟準備書面の法的概念や引用判例等を分析
  • 契約書式集や各国のQ&Aを収録 …他

Lexis+の機能をもっと知る(USサイト)

製品の詳細/導入方法/価格について問い合わせる

イベント・セミナー情報

いつでも見られるオンデマンドウェブキャスト

Tags: