03 Nov 2023

米国訴訟のプロセスとリーガルテックの発展―コロナ禍による影響と現在―【イベントレポート後編】

新型コロナウイルスによる世界的なパンデミック以降、生成AIなど新しいテクノロジーが登場しています。リーガル分野においても、テックツールとAIなどのさまざまなテクノロジーが発展し、アメリカのビジネス訴訟のプロセスに変化を与えてきました。

アメリカの民事訴訟のうち、わずか1%のみが判決や仲裁判断に至るといわれています。コロナ禍の各裁判所の閉鎖や未処理事案の山積等の影響で、進行の延期も発生しています。本記事では、レクシスネクシス・ジャパン株式会社が2023年7月に開催したイベント“リーガルテックとAI活用 パンデミックとテック発展が変えた米国訴訟プロセスを知る”の内容をご紹介します。

国内外で活躍する3名の法律専門家をゲストにお招きし、「パンデミック」「テック発展」という2つのキーワードに着目。コロナ禍の米国訴訟への影響、テックツールとAIの発展や最近の動向について、前編・後編でわかりやすくご説明します。

今回の後編では、アメリカでの訴訟の流れや、日本企業が注意すべきポイントやリスクマネジメント、“裁判外紛争解決”の活用などについてお伝えします。

登壇者プロフィール

北川&イベート法律事務所
パートナー弁護士
北川・リサ・美智子 氏

日米間のビジネスに精通する国際弁護士のトップの一人。多数のセミナーを開講し、アメリカ及び日本のビジネス法に関する執筆も精力的に行う。カリフォルニア州・テキサス州・ジョージア州・ニューヨーク州・ミシガン州の5州の弁護士資格を所有。米国連邦最高裁判所認定弁護士。東京大学研修・京都大学法学修士。(事務所HP

北川&イベート法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士
ジェームス・R・イベート 氏

日系企業や弁護士、公認会計士を対象に、ビジネス法に関する多くのセミナーの講師を務める。カリフォルニア州・テキサス州・ジョージア州・ネバダ州・アラバマ州・ミシガン州の6州の弁護士資格を所有。米国連邦最高裁判所認定弁護士。カリフォルニア州公認会計士。京都大学法学研修。(事務所HP

堂島法律事務所
パートナー弁護士
飯島奈絵 氏

弁護士登録(1994年。日本)、米国ニューヨーク州弁護士登録(2002年)、京都大学法科大学院客員教授(~2018年)、大阪弁護士会副会長・日弁連理事(2019年度)、日本仲裁協会関西支部副支部長(2019年~)、NTT西日本社外監査役(2022年~)他、社外取締役・社外監査役、地方自治体の審議会委員等を歴任。アメリカでの陪審員裁判・仲裁事件、イギリスで訴訟・調停を経験。(事務所HP

アメリカでの訴訟の流れと注意ポイント

(北川)

アメリカでの訴訟は、以下のような流れで進行します。

※北川&イベート法律事務所 資料より

“訴答(PLEADING)”には、“告訴(Complaint)”と、逆提訴などの“その他のクレーム(Claims)”があります。

返答・答弁を行う際は、「事実が本当であったとしても、訴訟としての法的基盤がないことを弁論する〈告訴に対する書面での返答〉」である“妨訴抗弁(Demurrer)”などの戦略を立てることも大切です。さらに、予備手続きに関しても、さまざまな戦略を考える必要があります。

そして、訴答後に、当事者、または第三者から事件に関わる重要情報を収集する“証拠開示(DISCOVERY)”が実施されます。

“証言録取(Depositions)”を行う際の戦略の一つとして、ビデオ録画による証言録取があります。コストを削減するためにも有効な手段です。

※北川&イベート法律事務所 資料より

ビデオ録画を行えば、証人の態度や行動、ボディランゲージも記録することができます。書面だけの質疑応答ではわからない、「本当の気持ち」などがわかりやすいのも特徴です。発言時間が記録されるというメリットもあります。

日本企業が陥りやすい“落とし穴”も

(北川)

ビデオ録画の際に、日本人によく見られる傾向は、礼儀正しく「Yes」を繰り返すことです。質問に対する「同意」を意味する「Yes」ではなく、話を聞いていることを表すための「Yes」だとしても、「質問内容を認めた」ととられる可能性があるので気をつけてください。

そして、日本企業がビデオ録画による証言録取を行う場合は、通訳者が同席することがよくあります。法廷通訳資格を持っている方とお持ちでない方がいますので、この点にも注意しましょう。正確に通訳されないと、通訳された言葉を訂正するなど、当事者間での無駄なやり取りにも時間がかかってしまいます。

さらに、通訳者が証人の代理として話すわけですから、通訳者の説明の仕方や表現、外見の印象も重要です。

また、陪審員裁判の場合、日本語のわかる陪審員はほとんどいらっしゃいません。その点でも通訳者の選択は非常に大切になりますから、裁判や仲裁の経験が豊富な弁護士さんに相談してみるといいでしょう。

録画された証言を検証する際にテックツールを使えば、「録画中に、証人が特定の言葉を何回使ったか」ということも簡単に調べられます。キーワード検索ができるので、従来のように大量の紙の書類を検討する手間やコストを省くことが可能です。

(飯島)

ビデオ録画による証言録取は、相手方企業の方などに対して尋問形式でさまざまな話を聞くため、1日7時間程度、通訳が入ればそれが2日間という長時間におよびます。それだけ長時間にわたる録画データを、5分~10分程度に編集し、法廷で上映するに留まり、すべての録画が上映されるわけではありません。

また、証言録取した内容の一部が裁判所で読み上げられるといった使われ方をする場合もあります。長時間にわたる証言録取ですが、双方、自分たちに有利な部分だけを切り取って法廷に提出します。

そして、先ほど北川先生からもお話がありましたように、ボディランゲージが記録されることも重要なポイントです。

そのような場に慣れていない日本人の方ですと、きょろきょろと視線を動かしてしまい、「自分の証言に自信がないのではないか」と見られる可能性もあります。ほかにも細かい“落とし穴”がたくさんあるので、証言録取の際は、経験が多い弁護士さんによく説明していただいてください。

(北川)

アメリカでの訴訟の流れのなかで、最も弁護士費用がかかるのが“証拠開示(DISCOVERY)”です。また、日系企業の方がストレスを一番感じるのも、このプロセスだと思います。

州裁判所での訴訟の場合は、弁護士が間に入って、当事者間で延期を何度でもできます。一方で、連邦裁判所の場合は、延期するために裁判官の許可が必要ですが、期間が短くて済むのが特徴です。この点も理解しておきましょう。

調停など“裁判外紛争解決(ADR)”の有効活用を

(イベート)

私からは、裁判と、裁判ではない解決方法についてご説明します。

アメリカの裁判には、“法廷裁判(Court Trial 、Bench Trial)”と“陪審員裁判(Jury Trial)”があります。“法廷裁判”は、裁判官による裁判です。裁判官によっては、「刑法には詳しいが、複雑な債権回収や担保権などについてはわからない」といったことも起こりえます。

次に、裁判ではない解決方法として、調停や和解、仲裁を行う“裁判外紛争解決方法(ADR=Alternative Dispute Resolution)”があります。戦略的に裁判外紛争解決方法を利用することで、さまざまな解決策を見出すチャンスが増えて、時間や労力、費用の節減にもつながります。

(イベート)

調停の良い点は、第三者である調停官がそれぞれにとってのメリット・デメリットをきちんと説明してくれることです。

紛争の当事者同士や弁護士同士が話し合いをしても、相手の主張をすべて客観的に聞くということはなかなかむずかしいと思います。しかし、間に入る調停官の意見は信頼できて、冷静に聞くこともできるというところが調停の良さです。

また、仲裁については、裁判と似てはいますが、当事者同士で日程をコントロールできるところがメリットでしょう。そのこともあって、民間の仲裁機関の利用が増えているという状況があります。

しかし、あくまでも仲裁官は裁判官ではありませんから、仲裁判断が出たとしても裁判所に確認しなければいけないという労力と時間は必要です。

海外で経験した実際の調停から感じること

(北川)

米国の調停では、大半の場合、調停開始時に当事者が一緒に同じ部屋に集まることはありません。さらに米国では、調停の冒頭陳述は義務ではなく任意で行われます。大抵の調停人は冒頭陳述をさせません。米国の調停人は、調停全体を通じて、当事者とその弁護士を別々の部屋に待機させることが多いのです。調停開始時に当事者が感情的になったり、口論になったりするのを防ぐためです。米国の調停者は、和解に合意した場合にのみ、両当事者を同室に会わせることがあります。

米国では、米国の調停人は相手方の主張をまとめることはしません。その代わり、米国の調停人は、貴社側の主張やケースの弱点に焦点を当て、調停人の意見を共有します。これは当事者に和解を説得するためであり、また調停で和解が成立しなかった場合に、起こりうる弱点を見抜き、それを回避するための計画を立てるのに役立つ機会でもあります。

米国では、調停は訴訟を通じて何度も行われる可能性があることも認識しておくことが重要です。

(飯島)

それでは、イギリスで経験したことをお話します。

調停について気をつけていただきたいことは、日本の調停と英国の調停の「時間的なちがい」です。

日本では調停期日があって、次の調停期日が1ヶ月後、その次が1ヶ月後といったように、裁判と同様に約1ヶ月ごとに期日が入ります。しかし、英国の調停は1日で終わってしまいます。

英国の調停の流れは、期日当日の朝に双方同席のうえで調停人に対し、冒頭陳述を行い、それから各部屋にわかれて、その間を調停人が行き来しながら話をまとめていきます。

夕方までに合意ができれば調停条項を作成して終了しますが、もし夕方までに話がまとまらなければ、そこで調停は終了します。

この”ちがい”を知らなかった日本企業が、現地の代理人に初回調停期日に出席してもらい、当日の様子を聞いた上で、次回以降の対応を考えるつもりでいたら、初回で調停が終了し、裁判に戻ってしまい、その後のディスクロージャー等の対応に苦慮したというケースも起きています。

ですから、「英国の調停はそういうものだ」と理解して、対応する必要があります。

私自身が対応したイギリスの調停では、現地時間の朝(日本時間の夕方)からずっと、現地にいる私と日本にいる意思決定ができる企業担当者の方とメール・電話で連絡を取り合いながら進行しました。

「いま、調停人にこんなことを言われました」「この点はどうですか」「いくらなら払えますか」といった細々としたやり取りをして、イギリス時間の夕方までに相手方と合意して調停を成立させ、それから調停条項をつくって、すべてが終わったのは現地時間の22時でした。

このようなケースもありますので、調停を行うとなったら、「意思決定をする人は、現地まで行かなくてもいいが、現地へ行かせた人と密に連絡を取りながら当日中に調停を成立させる」覚悟が大切です。

日本企業が考えるべきリスクマネジメント

(イベート)

最後に、日本企業の方にリスクマネジメント戦略に関するアドバイスをお話しします。

日本の企業では、法務部の方が自社の契約書を作成することが珍しくありません。その際に弁護士や弁護士事務所に相談することは少ないと感じていますが、やはり契約書にサインする前に弁護士に相談することがベストだと私は思います。転ばぬ先の杖ですね。

弁護士費用は、訴訟にかかる費用や賠償金などよりもかなり低額で済みます。

また、訴訟や裁判を避けるためには、1ページだけの契約書にサインすることも避けるべきです。日系の有名企業でも、曖昧な内容の「1ページ契約書」で契約を交わしていることが少なくないと思います。

アメリカでは、非常に詳細な内容の契約書を作成します。キーポイントとしては、「金額や目標を明記する」ことです。その他の点においても、不明瞭な内容は後々のトラブルにつながるリスクがあります。

また、契約には、仲裁に関する条件を詳しく入れましょう。そうしないと、仲裁を行わずに紛争を数年間にわたって続けることになって、弁護士費用も多額になる可能性があります。

さらに、裁判地・仲裁地にも注意を払って、契約書に明記することも大切です。裁判や仲裁を行う地域は、とても重要なポイントになります。なぜなら、もし契約書に相手の地元で裁判や仲裁を行うと記されている場合、ホームアドバンテージがあるため、第三者である日本企業は負けてしまう可能性がかなり高いでしょう。

そして、担保契約についても事前に確認することが重要です。

訴訟における最大の戦略は、自分たちが話全体をコントロールして、「自分のストーリー」として優位に進行することです。そのためにも、弁護士の選び方が非常に大切になります。

アメリカにも日本にもたくさんの弁護士がいますが、選択する際のキーポイントは“母国語”です。日本語が堪能な方でしたら、やはり日本の文化や法律制度についてもよくわかっていらっしゃると思います。

その一方で、アメリカ人の考え方やフィーリングなどをよく理解できることも必要です。もし裁判まで起こす際は、英語が母国語の弁護士が有効でしょう。裁判所に対するボディランゲージや言葉の選び方など、ネイティブならではの表現も大切な要素になります。

(飯島)

私から日本企業の方にお伝えしたいアドバイスが2点あります。

まず1つ目は、アメリカから訴状が届いたら、自社内で検討する前に、とにかくアメリカのどこかの州の資格を持っている弁護士のところに駆け込むことが不可欠です。なぜならば、弁護士とクライアントの秘匿特権を使わないと、自社内で法務部の方や事業部の方が検討した内容もすべて証拠開示で開示の対象になるためです。

開示の対象となると、皆さんが検討した有利な部分も、不利な部分もすべてを相手に開示することとなります。

アメリカでは、「米国以外の弁護士資格保有者に、秘匿特権が認められるのか」も論点ですので、訴状が届いたら、すぐに、アメリカの弁護士資格を持つ弁護士に相談してください。そして、開示の対象にならないという“隠れ蓑”をつくったうえで検討することがなにより大事です。

2つ目のアドバイスは、先ほどイベート先生からもお話がありましたように、「あらかじめ契約書に仲裁合意に関する条項を盛り込んでおく」ということです。仲裁合意がなければ仲裁はできず、紛争になってから裁判でなく仲裁で解決しようと交渉しても難航する恐れがあります。

また、仲裁条項も適当につくってしまってはいけません。「仲裁条項の不備があるから、仲裁はできない」ということを延々争われた日本の上場企業の事例もあります。

ですから、「この仲裁機関を使う」と決めたらその機関のホームページなどを調べて、モデル仲裁条項を参考にして仲裁条項を作成してください。自分たちの考えで日本語を英語に翻訳したり、ほかの契約書から流用したりして仲裁条項をつくっては絶対にいけません。

(北川)

相手方の企業の国籍も考慮しながら、仲裁事項を詳しく書くことはとても大切になります。

また、裁判や仲裁を行う地域についてしっかり考えることも重要です。両当事者に“フェア”な環境でない(一方が地元企業でその地域に従業員がいる場合と、他方でその地域に何のつながりもない部外者である場合)と、自分たちが負けてしまう可能性が高くなりますのでご注意ください。事前にリスク管理の戦略や手続きを検討しておくことが重要です。相手の主張にただ反応するだけではいけません。勝つためには、話全体をコントロールして、自分たちのストーリーとして組み立てることが大切です。

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